エレガンスの本質を追い求めて 村田晴信への5つの質問

文/呉 佳子(資生堂ファッションディレクター)

2024.11.14

世界的な人気を博す日本のファッションブランドは数あれど、ラグジュアリー領域に限ってみると、不思議と日本ブランドの名が挙がることは少ない。そんななか、日本発ラグジュアリーとして世界で活躍するポテンシャルありと注目されるブランドが、村田晴信が手掛けるHARUNOBUMURATAだ。
今年の毎日ファッション大賞新人賞・資生堂奨励賞の受賞に際し、村田が考えるエレガンス、ラグジュアリー、そして彼のクリエーションを突き動かすものについて聞いた。

村田晴信
東京都出身。エスモード東京校在学中より数々の受賞歴あり。最終学年時に、神戸ファッションコンテストで特選を受賞しイタリア留学資格を獲得。2010年渡伊。ミラノ・マランゴーニ学院修士課程修了。2012年、伊ファッション協会によるNEXT GENERATION AWARDをアジア人として初受賞。ジョンリッチモンド、ジル サンダーで経験を積んだのち帰国。2018年、HARUNOBUMURATAをスタート。

――新人賞受賞、おめでとうございます。
村田:ここ数年、継続的にノミネートして頂き、(受賞は)目下の一番大きな目標でした。活動の原動力にもなっていたので、受賞を知ったときはすごく嬉しかったです。ありがとうございます!
実は、今年3月発表の24年秋冬コレクションでは、クリエーションのアプローチをこれまでとは変えました。それがなかなか好評で、ブランドとして一歩前に進めたという手応えがあって。そのあたりを評価してもらえたのではと思います。

24年秋冬コレクションでは、ドイツの写真家、アウグスト・ザンダーの「舞踏会へ向かう3人の農夫 (Three Young Farmers)」という写真からインスピレーションを受けた。

――変えたというと具体的には?
これまではコレクションテーマの中心にエレガントな世界観を置いていました。つまり、「エレガントなテーマをヒントに、エレガントなスタイルを表現する」という素直なアプローチ。ただ、そういうやり方って、想像できる範囲の世界観しか生み出せないんです。想像を超えるためには、何か独自の視点をもつ必要がある、とずっと考えていました。
24年秋冬製作にインスピレーションを与えてくれたのは、着飾った農夫たちのポートレート(アウグスト・ザンダー撮影)です。単純にただ美しくただ上品な世界というわけではない。装うことに不慣れな人たちが、少しぎこちなさもありながら一張羅を身につけ誇らしくたたずむ一場面。そこからエレガンスの本質を掘り下げていくことに着手しました。
最終的にファッションショーとして見せるまでは、本当にこれで大丈夫かという不安がずっと拭えなくて。正直に言えば、ショーが終わってもなお、よかったかな?と自信がもてなかった。実際、ショーのフィナーレで挨拶に現れたときの自分の表情は不安げだったと思います。
ただ、少し時間を置いて冷静に振り返ったとき、こういう切り口で表現していけば、独自のエレガンスが見出せるのではないか、と思えるようになりました。自分のなかで腑に落ちたというか。そういう意味では前回のコレクションは大きな転換点だったんです。

村田晴信へのquestion 1:ファッションの原体験は?

昔から美しいものに惹かれ、デザイン全般に興味がありました。なかでもファッションでは、毎シーズンのパリコレをチェックするのを楽しみにしていて。コレクションの世界への憧れがファッションの原体験です。
とくにラフ・シモンズが手掛けるジル サンダーは大好きでした。衝撃的だったのは、2011年春夏で発表された、柱のようにまっすぐ伸びたオレンジ色のマキシスカート。余計なものは一切ないミニマルな美しさがいまだ鮮烈な印象を残していますし、その後の僕の創作活動に大きな影響を与えました。
同じ頃、吉岡徳仁さんが著書で語っていた、「研ぎ澄まされた本質的な美しさ」にも深く感銘を受けたんです。すし職人がネタにすっと包丁を入れる瞬間の、息を飲むような鋭さとその美学。自分が洋服の文脈で表現しようとしていることとかなり近いと感じています。

 

村田晴信へのquestion 2:ジル サンダー社で得たものは?
モノの背後にある思想がどのようにデザインに落とし込まれているか、ミニマルな美しさの裏に何が存在するのかを経験したことが大きな収穫でした。
そこに何が存在していたかと問われると、一言では説明しきれませんが、たとえば机を例にとりましょう。机の役割は、モノを置く、つまり特定の高さで静止させておくこと。だとしたら、たとえ天板がなくても何らかの方法でモノをその位置にとどめておくことができるのであれば、それはもう机と言えるのではないか、というような考え方です。常に「本質とは何か」という問いをさまざまな角度から探っていました。

25年春夏コレクションの製作に影響を与えたのは、本質を突き詰めた彫刻家、コンスタンティン・ブランクーシ。鳥の本質を探究し純粋な形として昇華させた彼の創作活動にインスピレーションを得て、人の美しさの本質に迫った。

村田晴信へのquestion 3:ブランドHARUNOBUMURATAを説明するとしたら?
人の仕草に潜む一瞬の美しさを残したいと考えています。24‐25秋冬コレクション製作にインスピレーションを与えてくれたアウグスト・ザンダーは、さまざまな人のポートレートを通じて、時代そのものを映し出そうとしていました。僕のアプローチもそれに近い。ブランドの使命を定義づけるとしたら、「今を生きる人々の美しい瞬間やふるまいを、洋服を通じて切り取ること」だと考えています。
“着る人をデザインする”というのはすごく意識して行っています。プロダクトデザインでなくファッションに興味をもったのも、面白さはモノではなく人のデザインにあると思ったから。姿勢、立ち姿、振る舞い方。服は人に着られることによって完成するけれど、同時に着る人の気持ちを引き出す役割ももっています。
デザインするとき、ラフなスケッチは書くものの、あまり信用していません。まずはモデルに着てもらう。歩く、バッグをもつ、座る、足を組むなど、さまざまな動きをしてもらいながら、美しい瞬間を捉えていきます。着姿を最も美しく見せるためには、どこにボリュームを加えるべきか、シルエットはどこを広げどこを抑えるか、そういったアプローチを積み重ねていきます。
HARUNOBUMURATAの女性像といえば、宮崎駿監督の映画『紅の豚』のマダム・ジーナ。これまでの仕事でかかわってきた魅力的でかっこいい女性たちもイメージの源です。自らの意思をもちつつも、張り詰めたところがなく、力の抜け具合が非常にエレガント。彼女たちの仕草やふるまいが多くのインスピレーションを与えてくれます。

写真撮影:杉山節夫

村田晴信へのquestion 4:HARUNOBUMURATAが考えるラグジュアリーとは?
単に「上質な素材を贅沢に使った豪華さ」ではないと思っています。モノがあふれた現代において特別なモノは何かと考えたとき、僕が思い浮かべるのは、精神的な豊かさや人生への満足感、人と人との人間的な繋がり。となると、モノの背景にある生産者の思いを理解した上で何かを所有する、という行為がとても尊く、価値をもつのではないいでしょうか。
とくにコミュニケーションが生み出すラグジュアリーは重視しています。今後オープンする予約制プライベートブティックでは、そんな空間を提供したいですね。
海外で日本のラグジュアリーの認知度が低い理由として、海外の人々がモノの背景にあるコンテキスト(文脈)を共有していない点があると思います。目新しくて面白いモノでも、背景情報が共有できないと、“お土産”の域を出ない。
逆に、世界で評価され広がったモノは、海外の人々が理解できるコンテキストに立ちつつ、日本で突然変異というか、“魔改造”された結果だと思うんですよね。その独特な進化を独自性と呼ぶならば、海外展開を本格化する上で独自性は必須。アートの世界で村上隆氏が唱えた「スーパーフラット」のように、既存のコンテキストの上に新たな視点を打ち立てる手法は、ファッションの世界でも可能です。自分のキャリアのなかで、そういった視点をひとつでも見つけたいと考えています。

 

村田晴信へのquestion 5:今の時代をどう捉えている?
ファッションは時代を反映する。現代のモヤモヤとした息苦しい状況をさっと表現する軽やかさもまたファッションの魅力です。なので、時代のあり方には常に注目していますが、最近は、本質を見極める目がだんだんと曇りつつある気がします。皆が目の前で起きていることに上の空だったり、物事を色眼鏡で見てしまったりしていませんか。常に何かに追われていて、物事の本質を見失いがち。もちろん自分自身もそんな社会の渦中にあります。
話は少し変わりますが、僕は宇宙が好きなんです。意識を宇宙に飛ばすと、自分を俯瞰して見ることができ、日常の問題が些細なことに思えてくる。最近、仏教の思想に触れ、宇宙と仏教の共通点に気づきました。どちらも自分を客観視する手立てになるということ。仏教では「生きているだけで人に迷惑をかけるのだから自分を許しましょう」と説く。伝統的に「他人に迷惑をかけない」という考え方が強い日本人からすると、そういう発想ってすごくいいなと思うのです。
現代社会には人を許す優しさが不足していると感じています。ときに自分自身の首をも絞めるような生き方になりがちです。もっとお互いを許しあえる社会になれば、息苦しさも解消されるのではないでしょうか。

25年春夏のショー風景。プレッシャーのなか、自分の軸がブレそうになったら?と問うと「人と話します。迷いが出るときってたいてい一人のとき。誰かと会話して、その関係のなかで自分をあらためて見つめ直すと、おのずとあるべき場所に心が戻るんです」(村田)

受賞を記念し、HARUNOBU MURATAと資生堂とのコラボレーション広告が、毎日新聞本紙特集紙面とMAINICHI Style Editionに掲載されました。エレガンスが私たちにもたらしてくれる力を、資生堂クリエイティブチームがビジュアルとことばで表現しました。

Photographer/KANAZAWA Masato
Creative Director/Takeshi Yazaki
Art Director/Uno Kunimoto
Copywriter/Eriko Tsutsumi
Account Executive/Saki Hashimoto
Hair/Ikuko Shindo
Make-up/Reiko Ito
Model/Lian (Tomorrow Tokyo)

呉佳子
資生堂ファッションディレクター
ファッショントレンドの分析研究やトレンド予測を担当。
オンラインサロンcreative SHOWER でナビゲーターを始めました!
まるでシャワーを浴びるかのように、美意識や感性に刺激を与える時間を重ねようというコンセプトです。ご興味のある方はぜひこちらをのぞいてみてください。
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2024.11.14