私の一部、私のすべて #足

文/山内マリコ
写真/当山礼子

2024.12.11

私たちをかたちづくり、個性や記憶を宿す大切な存在――。日々の手入れや触れる感覚を通して、そこに秘められた物語を感じることができるのではないでしょうか。作家・山内マリコさんが紡ぐ、体に宿る静かな物語をお届けします。

足が言う。

「もう無理」

わかってる、わかってるから。

もうちょっとだけがんばってよ。

また、足が言う。

「今日はもう限界なの」

うん、うん、そうだね。

今日はハードだった。本当に。

いったい何往復させられた?

何階分の階段を上り下りした?

距離に換算したら何キロになるだろう。

高低差でいったらどのくらい?

小さな山くらい越えてるんじゃない?

「ねえ、どうして家に帰らないの?」

だって仕事がまだ残ってるじゃない。

「そんなの放りだしてよ」

無理無理。

ねえ、お願い、もう少しがんばってよ。

足をなだめすかす。

疲れをごまかし、

夕方のむくみに耐え、

足からのSОSを無視する。

 

すると、

会社から駅までの道の途中で、

足はストでも起こしたみたいに

ついに動こうとしなくなった。

 

雑踏の中、

途方に暮れてもいられない。

足に言う。

今日はゆっくり湯船に浸かるから。

「ほんと?」

うん、とっておきの入浴剤も入れよう。

「絶対だよ?」

マッサージもする。

「約束ね」

うん、約束。

ふくらはぎも、足の裏も。

指の一本一本まで、丁寧にのばすよ。

愛情を込めて。

時間を忘れて。

そう言って説得すると、

「じゃあ、仕方ないか」

足はゆっくりと歩き出した。

 

パンプスを脱いだとき、足は叫んだ。

「解放感〜!」

熱いお湯の中で足は言った。

「いい湯だなぁ」

ふくらはぎにそっと手を当てる。

親指に力を込めて、ぐっと押す。

「あああああ」

あまりの気持ちよさに、

足はもだえた。

膝下の、向こう脛のすじ、

心地のいいポイントを

ぐりぐりと押し回す。

「そこそこ!」

ここはどう?

「最高!」

リフレクソロジーの知識はなくても、

つぼの位置を知らなくても、

なんとなく押すだけで

効き目は充分。

なにより大切なのは、

こうして足をいたわる時間なのだ。

 

足は素直だ。

ちゃんとマッサージすれば、

張りもなくなり

むくみもとれて

すっきり、ほっそり。

元気いっぱい、どこまでも歩いてくれる。

けれど手入れを怠ると、

足はどんどん疲れをためこみ、

むくみ、張り、

不機嫌になる。

ぷんぷん怒って、

爆発寸前の火山みたいに膨れあがる。

 

疲れを無視することはたやすい。

いくらでもごまかせるし、

気づいていないふりをして

酷使できる。

心も体も、極限まで、

けなげに耐える。

けれど足だけは違う。

足は、

「疲れた疲れたぁ」

子供みたいにわめくのだ。

「もう歩きたくなーい!」

「一歩も動かなーい!」

全力でアピールして、

その日のうちに

疲労を教えてくれる。

「もうこんなに疲れました!」

それは甘えではなく、

正当な訴えとして、

体からのレポートとして

素早く提出される。

だから、

その訴えを無視してはいけない。

足からのメッセージを

スルーしてはだめ。

 

風呂あがりのぽかぽかの体で、

足の裏を刺激する。

パンプスに閉じ込められていた指を

くるくる回す。

足は言う。

「ありがとう」

 

こちらこそだよ。

山内マリコ
小説家。1980年富山県生まれ。2008年に「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。2012年、受賞作を含む連作短編集『ここは退屈迎えに来て』を刊行しデビュー。その他の著書に『アズミ・ハルコは行方不明』『あのこは貴族』『選んだ孤独はよい孤独』『一心同体だった』『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』『マリリン・トールド・ミー』『逃亡するガール』など。
https://x.com/maricofff
https://www.instagram.com/yamauchi_mariko/

当山礼子
沖縄県生まれ。
2015 年からフォトグラファーとして雑誌、広告、web メディアなどで活動中。
2023 年3 月、ロンドンの街を撮り下ろした写真集『SEPTEMBER IN LONDON』(Union Publishing Limited)を刊行。
https://www.instagram.com/reiko_toyama/