私の一部、私のすべて #手

文/山内マリコ
写真/当山礼子

2025.1.15

私たちをかたちづくり、個性や記憶を宿す大切な存在――。日々の手入れや触れる感覚を通して、そこに秘められた物語を感じることができるのではないでしょうか。作家・山内マリコさんが紡ぐ、体に宿る静かな物語をお届けします。

手は口ほどにものを言う。

これは本当。

 

手は実際、話すことができる。

手話だ。

手は、その多様な動きで、

見事にコミュニケーションする。

すごい技術!

すごい発明!

だけど、

特別なスキルがなくても、

手はいろんなことを伝える。

時には、

伝えようと思っていないことまで、

相手に伝えてしまう。

 

たとえばそれは、

ひらひらと

稚気に溢れた手の動き。

子供っぽさを残した

茶目っ気が

漏れ出ている手。

 

たとえばそれは、

思いがけず大きな手のひら、

迷いのない豪快な動き。

堂々と生きてきた

リーダータイプの、

人を引っ張る手。

 

穏やかに生きてきた人の華奢で小さな手。

太陽に臆さない人の日焼けした手。

 

それから手は、

その人が情熱を傾けるものによって

自らを進化させる。

 

ぴしっと揃った指先。

バレエなのか日本舞踊なのか。

細部にまで神経を行き渡らせる、

練習に耐えてきた人の手。

 

美しい音色を奏でる手の、

力強いしなり。

楽器を弾く人の、

それ自体が楽器のような手。

 

水仕事をする人の、厳しさに耐える手。

きりりと引き締まった、働き者の手。

 

力仕事に明け暮れる人の肉厚の手。

体温を感じる、おおらかな、頼もしい手。

 

いつもインクで汚れている

物書きや、絵描きの手。

 

冒険を恐れない人の傷だらけの手。

 

 

手は思いがけずその人の本質を表す。

その人が、傾けてきた情熱を宿す。

その人が、生きた証を刻む。

 

深い深いところにある、

「あなた」を鏡のように映す。

 

隠したくても隠しきれない

あなた自身がそこにいる。

 

だからこそ、

あなたはあなたの手を

愛さなくてはいけない。

どんなに気に入らなくても、

愛さなくてはいけない。

 

もしあなたが、

あなたの手を嫌いなら、

問題があるのは、あなた。

 

変わるべきは、手ではない。

あなたのほうなのだ。

 

あなたの中に植え付けられた、

「美しい手」の基準のほうなのだ。

 

 

表面的な美しさは、すぐに作れる。

清潔な爪と、柔らかく潤った皮膚は、

いくらでも作ることができる。

爪を整え、

ハンドクリームを塗り込む習慣で、

手は見違えるようにきれいになる。

 

とくに爪は、

あっという間に別人のように

彩られ

盛られ

「きれい」と「かわいい」を纏える。

魔法みたいに変身できる。

 

けれど、手そのものは、

誰にも変えることができない。

あなた自身にも、

変えることはできない。

変えてはいけないのだ。

 

あなたの手は、

あなたと親しい人にのみ

記憶される。

 

あなたと

手を繋いだことのある人だけが

知っている。

 

あなたの手に触れたことのある

親しい人たちの中に、

あなたの手は、

あなたそのものとして、

思い出される。

山内マリコ
小説家。1980年富山県生まれ。2008年に「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。2012年、受賞作を含む連作短編集『ここは退屈迎えに来て』を刊行しデビュー。その他の著書に『アズミ・ハルコは行方不明』『あのこは貴族』『選んだ孤独はよい孤独』『一心同体だった』『すべてのことはメッセージ 小説ユーミン』『マリリン・トールド・ミー』『逃亡するガール』など。
https://x.com/maricofff
https://www.instagram.com/yamauchi_mariko/

当山礼子
写真家。沖縄県出身。2008年よりスタジオアシスタントを経て、フリーランスとしてロケーションアシスタントを務めた後、独立。2015年フォトグラファーとしての活動を開始し、UNION MAGAZINEをはじめとするさまざまなファッション誌、広告、媒体で活躍し今最も注目を浴びる
ファッションフォトグラファー。
https://www.instagram.com/reiko_toyama/