映画体験は、さまざまなケアのあり方に触れる時間と言える。自分のために時間をつくって映画を観ること自体、個人的にはセルフケアだし、そもそも映画自体、関わる多くの人々のケアの賜物として映画館や観る人々のところへと届く。映画で語られる物語もそのひとつだ。物語の中に自分を置くことで、他者の人生にエンパシーを抱いたり、社会の足りなさや自然の壮大さに気づいたり、自分の中にある未知の感情や偏見と出合い、世界に対する知らなさ、見えてなさに打ちのめされながら私は生かされている。そして、受け取る人それぞれの違いや交わり、脆さや強さについて対話することもまた、他者そして自身、世界をケアすることへとつながっていく。
『リアル・ペイン~心の旅~』
ポーランドに家族のルーツをもつ、ニューヨーク在住のユダヤ人のデヴィッドと従兄弟ベンジーが、亡くなった最愛の祖母の残した遺言で、数年ぶりに再会し、ポーランドでのホロコーストツアーに参加する。ユダヤ人ではないツアーガイド、ジェームスに引率されながら、遠い過去の歴史的トラウマと、違う背景をもつそれぞれが今抱える小さな痛みが交差し始める。脚本・監督・製作・主演を務め、ニューヨークのポーランド系ユダヤ人家庭で育ったジェシー・アイゼンバーグ扮するデヴィッドは神経質で頭でっかち。超適役のキーラン・カルキン演じるベンジーは、感情をむきだしに生きる晴れやかさと憂鬱を体現している。喉から手が出るほどほしいと思う他人の生き方は、本人からしてみれば苦痛で孤独かもしれない。痛みをまるごと請け負うこともできないし、交換することもできない。だからこそ、私たちは交流しながら生きていくのだ。
『リアル・ペイン~心の旅~』
1月31日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
配給/ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2024 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.
https://www.searchlightpictures.jp/movies/realpain
『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』
かつて同じ雑誌社で働き、小説家として成功したイングリッドと戦場ジャーナリストになったマーサはそれぞれの人生を歩んでいた。偶然にマーサががんの治療中と知ったイングリッドは、病室を訪れるようになる。やがて安楽死を望むマーサは、最期を迎えるときに、イングリッドに隣の部屋にいてほしいと依頼する。75歳を迎えたペドロ・アルモドバルがシーグリッド・ヌーネスによる小説を原作に、初めて挑戦する英語劇だ。ティルダ・スウィントン演じるマーサの部屋や身につけるものが彼女の人生を象徴しているが、それを完成させるのは、マーサの人生の物語に耳を傾けるジュリアン・ムーア演じるイングリッドいてこそなのである。自分らしくあることを牽制せず、お互いの人生について語り、聞き、精神的に隣にいてくれる。そんなしなやかで強い女性の連帯に支えられていることを実感させられる。
『ザ・ルーム・ネクスト・ドア』
2025年1月31日(金)公開
配給/ワーナー・ブラザース映画
©2024 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.
©El Deseo. Photo by Iglesias Más.
https://warnerbros.co.jp/movies/detail.php?title_id=59643&c=1
『ブラックバード、ブラックベリー、私は私。』
ジョージアの小さな村に住み、日用品を営む48歳のエテロは、好物のブラックベリーを摘んでいたところ黒ツグミに気を取られ、足を踏み外して転落。初めて死を意識した彼女のなかで内なる欲求が目覚め、48年の人生で初めて、衝動的に、配達員の既婚者、ムルマンと肉体関係を持つ。結婚をしたいと思ったことがなく、一人暮らしを楽しんでいた彼女が、家父長的な父や兄の亡霊に縛られてまだ飛びきれていない自分に気づく。そこから、男にもロマンスにも依存することなく、自分の身体とこころが求める居場所を探すエテロの冒険は、チャーミングで小気味よく予想外なものだ。ジョージア人作家でフェミニズム活動家のタムタ・メラシュヴィリによる原作をもとに、監督のエレネ・ナヴェリアニと主演のエカ・チャヴレイシュヴィリがスクリーンに映し出したエテロの決断に、生きていくパワーをもらった。
『ブラックバード、ブラックベリー、私は私。』
2025年1月3日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、アップリンク吉祥寺他にて順次公開
配給/パンドラ
©‐ 2023 – ALVA FILM PRODUCTION SARL – TAKES FILM LLC
http://www.pan-dora.co.jp/blackbird/
『喪う』
父親の危篤の知らせを受け、狭いアパートに久しぶりに集まった三姉妹。父と暮らし、介護をしていた自由人の次女レイチェル(ナターシャ・リオン)と、家から出て子育てをしながら働く姉ケイティ(キャリー・クーン)と、娘を溺愛する平和主義の末っ子クリスティーナ(エリザベス・オルセン)の関係のたどたどしさは冒頭から伝わってくる。父が死にゆくという事実よりも三人が困惑しているのは、父との関わり方も、愛し方も、ケアの仕方も、悲しみ方も全く異なる互いの相容れなさである。けれど、正直で自由な対話の集積が、わだかまりをほぐしていく。そして、血縁関係がなくとも、彼女たちが、家族として生きていくことを願う父の思いと、彼女たちの意志がリンクする。脚本、監督のアザゼル・ジェイコブスは、近づくとぶつかるけれど、互いに必要な存在としての家族の鬱陶しくも愛おしい真実をユーモラスに見せつける。
Netflix映画『喪う』独占配信中
https://www.netflix.com/jp/title/81733310
『ウィル&ハーパー』
コメディアンで俳優のウィル・フェレルが、90年代に「サタデー・ナイト・ライブ」の脚本家として出会った親友とロードトリップに出かける。パンデミック中、自身がトランス女性であることをウィルに告白したハーパー・スティール。かつては治安の悪い地域で飲み歩くことを楽しんでいた彼女だが、保守派によるトランス差別が蔓延するアメリカでかつてのように旅はできないだろうと考えていた。ならば一緒に、とウィルがハーパーを誘い出したのだ。行く先々でケアのない態度や発言に晒されるハーパーの隣で、セレブの特権カードを使い、プライバシーに欠ける質問を度々ぶっ込みながらも、現代アメリカでトランス女性として生きることはどういうことなのかを学んでいくウィルの姿勢は間違いなく真摯だ。大切な人がその人らしくいられるために、知らないを知り、間違えたら謝って、きちんと愛情を示す。自分も誰かにとって、そんな友人でありたい。
Netflix映画『ウィル&ハーパー』独占配信中
https://www.netflix.com/jp/title/81760197
小川知子/Tomoko Ogawa
1982年、東京生まれ。上智大学比較文化学部卒業。雑誌を中心に、インタビュー、映画評の執筆、コラムの寄稿、翻訳など行う。共著に『みんなの恋愛映画100選』(オークラ出版)がある。
https://www.instagram.com/tomokes216