たこ

詩/水庭まみ

2025.5.1

たこ、きょうは一緒に寝ようか

 

布団に入れるにはぬるぬるしているから

レモンのにおいの石鹸で洗ってあげる

 

うちのお風呂場はさむいけれど清潔で

青い歯ブラシがたくさんあるのよ

 

むかしのひとは

塩で歯を磨いたんだって

 

たこ、

たこはどれくらいむかしからいるの

 

ここは朝霞市だよ

小柴田さんの家の桜がきれいで

浄水場がりっぱで

海からとても遠い

まちです

 

わたしは朝になると

銀色の電車にのって

海のほうへ下って

やや古いお茶や

銅でできた洗面器を売って

そのお金で

夕餉の魚を買います

 

たこはもう海へは行かないのね

 

洗いすぎたかな

こめかみが、ちょっと、削れているね

 

白い肉が

ふやけて

幽霊の

けはい

 

たこのあたま、重くてつめたい

ひいばあちゃんみたい

 

たこ、月がぴかぴかしてるね

 

眠れないね

選評/暁方ミセイ

 

レモン石鹸と、(たぶんレトロな旅館などにある使い捨ての)青い歯ブラシ。古いお茶や、銅製の洗面器という売り物のラインナップ。おそらくまだ若年である主人公の、時代から浮いている生活の裏に、何か不穏な事情の気配を感じながら読んでいくと、展開は徐々にホラーめいてきて、おもわずゾクゾクしてしまいます。

たこは終始一方的に話しかけれていて、削られて白い肉がはみでても、少なくとも読者には、なんの反応も見えていこない。あれ、でも、たこが海から離れて「むかしからいる」ことなんて、できるはずないよね?「重くてつめたい」ひいばあちゃんに、たこが似ているって……まさか。眠れないのは、月の明るさのせいだけではなさそう。

全体の感触からはちょっと異質に、ふいに現れる「朝霞市」という地名にも魅力を感じました。一行目では、かちっとした現実感を読者に与えるのだけど、二行目で桜という言葉とゆるやかに関係すると、住宅地である実際のその土地から地名はふいに切り離されて、霞が立ちこめて、春の香りが漂ってきます。はっとする転調です。でも、それがちゃんと「海から遠い土地」として展開的な機能もするのだからすごい。

 不気味さ、エモーショナルな美しさの融合。さらに、謎めいた部分には、ポエジーと恐ろしさが同時に存在しています。秀逸なホラー詩だと思いました。もっと読みたくなっちゃう。