わたしの惰眠をフリマサイトで販売してみたら

詩/はるのかまぼこ

2025.7.1

わたしの惰眠をフリマサイトで販売してみたらワニが買ってくれた

 

ご購入ありがとうございます、と定型文をコピペ

人間がだらだら惰眠できるのがうらやましい?

と打ち込んだいじわるは、やっぱり消してから送信

 

アフリカのワニまでは船便だろうか、どのくらいかかるのだろうか、早く届けてあげたいのに

 

早く届けてあげたいのか

わたしが早く所有者でなくなりたいのか

 

ワニはパクと口を開けて、いつでもかまいませんよ、と伝えてきた、夜中に、わたしの布団のフチで

 

なにも夢枕に立たなくっても

 

いえ、ついでですから

 

はあ、ついでならまあ、はあ、

 

なんの?と聞きあぐねたところでもう一度深い眠りが落ちてきた

昨日塗ったマニキュアの重ね塗りみたいな、金色のラメが煌めく深い深いブルーの眠りだった

 

夢の中でワニはキャンドルが揺れる夜のプールサイドのリストランテで優雅に惰眠を味わっていた

やたら大きな皿にちょこんと盛り付けられたわたしの惰眠を

ぬらりと光る銀のナイフとフォークを使って

ゆっくりゆっくり飲み込んでゆく

 

きっとお金に余裕があるんだな

惰眠を個人輸入するくらいだし

身のこなしも品がある

 

いいなワニは

どうせ大した悩みもないんでしょう人間みたいに、と思ったところでギラリと目があった

 

ワニの口はもっと大きくなって気がつくとすっかり飲み込まれていた

 

次からは「ワニ様専用」と書いて出品してあげてもいいな、なんて思っていた自分をばかみたいと悔いながら行き着いた胃袋の先で、わたしはわたしの惰眠に再会した

 

一度手放されたそれは、さみしそうに震えていた

手を差し出したら素直にくっついてきた

 

触れたとたん世界が真っ黒になって

わたしはやっと、やっと本当の睡眠に出会えた気がした

 

ご購入いただいたワニ様へ

その後不具合はございませんか?

こちらは心配で惰眠をむさぼる暇も無ければわたし自身さえ無いのです

 

ご存知、ありませんか?

 

選評/金井万理恵(暁方ミセイ)

 

何もしない怠惰な時間を売ってみると、アフリカのワニが買ってくれて……。くだらなくておもしろいなあと思いながら読み進めると、展開はちょっと意外な方向に。

時空を超えて主人公の夢枕に立てるワニは、どうやら神通力(そもそも惰眠を船便で送ることができる世界なので、なんでもありなのかもしれませんが……)の使い手のようです。

惰眠を食べられた主人公は、強制的に眠りに落ち、夢の中ではさらに、自分自身も丸飲みにされてしまいます。惰眠しか売っていないのに、なぜ!

もしかすると惰眠は、社会的な役割以外の、誰にも侵略されない自分だけの自分を象徴するものなのかもしれません。それを世の中の効率主義と成果主義にのせられて、富める「ワニ」に売るということは……。風刺精神あふれる作品です。

物語性があり、散文的な言葉の使い方の作品は、どこまでが詩で、どこからが小説か、判断するのが難しいものですが、わたしがこの作品を詩だと思うのは、内容のおもしろさだけにとどまならないポエジーが光っているからです。音楽まで聞こえてきそうなワニのディナー風景。馬鹿げているまでに優雅なのに、その目に宿る恐ろしさ。胃袋のなかの殺伐とした空間。これらが絶妙に関係しあって、意味以上の、言葉で書かねば存在しなかった奇妙に魅力的な世界をつくっています。