
身近な素材を使い、空間や時間の「スケール(尺度)」をテーマに作品を表現する一卵性双子のユニット 髙田安規子・政子と、手仕事の図案によるテキスタイルデザインを中心に、衣服から家具、空間までを手がけるミナ ペルホネンのデザイナー、皆川 明。ものごとを丁寧に見つめる「世界へのまなざし」を持つ3人が集うのは、12月7日(日)まで「髙田安規子・政子 Perspectives この世界の捉え方」展が開催中の資生堂ギャラリー。作品を前に、ものづくりの奥行きや広がり、そして未来への思いがどのように形づくられていくのか──異なる世界線がつながる瞬間を探ります。
ーー皆川さんは「髙田安規子・政子 Perspectives この世界の捉え方」をご覧になって、いかがでしたか? また、安規子さん、政子さんは、皆川さんのお仕事にどのような印象がありましたか?
皆川 宇宙の摂理をとても身近なもので表現されているので、すっと理解できました。難しい宇宙物理ではなく、日常の中に照らし合わせられていて、なおかつアートとしての美しさ、秘められているストーリーも同時に感じられる。その同時性がとても新鮮でしたし、魅力的だなと思いました。
政子 嬉しいです。皆川さんのご著書を読ませていただいて、東京都現代美術館の「ミナ ペルホネン/皆川明 つづく」も拝見していました。その後、スケールに関する数学者の本を読んで、螺旋の自然の法則にとても興味を持ちました。《shell house》のこともちょっと思い起こしながら。渦巻の形を重ねた《Spirals》は府中市美術館で公開制作したものですが、貝殻やヒマワリの種、多肉植物などを直接紙に包んで形を取ったときに、螺旋を感じながら制作していて、《shell house》には共通する思いを抱いていました。
安規子 ミナ ペルホネンの個々の生地を見ると、自然のありようを丁寧に観察して起こしているところがすごく気になりました。幾何学模様の中にも必ず揺らぎがあるということも含め、おこがましくも皆川さんの自然観にすごく近いものを感じました。また作家として、つくることは人類の進化にとって必要なものだと思っていたのですが、皆川さんが書かれた、自分が信じてつくり続けることがいずれ何か形になるという内容に、すごく共感しました。それはすごく静かな戦いだなと思いましたし、そういう表現の在り方があるのかと驚かされました。
皆川 そうでしたか。ありがとうございます。
ーー時間をかけるということは、作品にどんな深みを与えているのでしょうか?
皆川 ファッションは今、短期間で大量生産するのが主流ですが、自分たちはつくる時間を長くかけることで、その中に感情や色々な想い、また外側にある偶然性が少しずつゆっくり入ってくるものと考えています。そうすると、出来上がったものに弾力性が含まれることで、やわらかくできて時間軸として長く生きていくという感覚があるんですね。なので、自分たちが思い描く、まだ物質化されていない思考がゆっくり物質化していくということは、ものづくりにおいて望ましい状態ですし、そのためには、ある程度の時間が必要だと思っています。
政子 《Oxalis corniculata》というカタバミの押し花の作品も、春にカタバミを摘んで押し花にし、そこから色を識別してと何ヵ月もかけて表現しています。人間は100万色を見分けられるらしいのですが、一枚の葉の中にもすごくたくさんの色があって、自然の色の観察を続けることで色の感覚を鍛えているような作業があります。電磁波の模式図をキルトのパッチワークにしている《Electromagnetic wave》という作品は、人間には見えない電磁波という波を想像しながら、数カ月かけてそれを視覚化させる作業をしました。そうやって時間をかけたものが作品の内面から表れてくると私たちも信じています。
政子 《Ultra-violet ray drawing》は、藁半紙の上に図像の型を置き100日ほど太陽光に当てた作品で、初めはうまく浮かび上がらず失敗したと思ったんですが、この展示の話があって、10年後に開けたら、紫外線が繊維を分解することで紙色の変色が起き、図像が現れていました。劣化してはいるけれど、時間がつくってくれた作品なので、失敗作として捨てなくて良かったです(笑)。
ーー作品における不完全さはどんな意味を持っていますか? それは意図的に取り入れるものですか、それとも自然に生まれるものですか?
皆川 デザインの世界は完全という状態が起こりえないんですね。常に出来上がった瞬間に次のアイデアが思いつきますし、足りない部分や余白として存在していたものを作業として終わった瞬間に知るというか。モビールのように、止まるというよりも動ける状態は、アートにしてもデザインにしても必要な要素だなと。それによって他者とつながりやすくなる、他者を受け入れるための余白としての不完全性と言いますか、つくり手の計画100パーセントという状態ではない方が、他者と関係できるということはあると思います。
安規子 自然に起こることと、意図的に起こること、両方あると思います。例えば、鏡の作品《Relation of the parts to the whole》は余白があることによって、意図的に想像の余地を与えている。配置だったり、形、表現の仕方で意図的に設定した不完全さが、かえって作品を完成させているんですね。一方で、私たちはすごく小さいものをつくったりもします。雪の結晶の作品のように不可視の領域で作業していると、私自身の身体が顕微鏡になるような感覚があるんです。目には見えていないので、線の一本一本を身体で感じながらつくるしかない。そうすると、ほんのちょっとのズレが起きてしまうことがある。小さい世界の中の少しのズレは、私たち人間スケールからするとすごく大きなズレになってしまうので、不完全さは自然と、必ず出てくるものかなと。
政子 余白や余韻みたいなものは、意図的に設定していることもありますが、直感的に起きてくるものでもあるんじゃないでしょうか。
皆川 作品自体も変化していますもんね。僕らのアトリエでも、全部、手を使うことから始めるのですが、均一や均質というものが完全だとすると、意図的でなくても、手でやるという行為はそうはなりえないので。
安規子 ミナ ペルホネンの生地は、表現によっては機械ではなく、最後は手で仕上げられているじゃないですか。まさに手の作業が入るということは、絶対に完全な均質というのはないですよね。
皆川 そうですね。着る人の感覚で言うと、それがちょうどいいというふうになるのかもしれません。
ーー今回の作品もスケールの縮小と拡大、その関係がすごく重要だと思うんですが、スケールによってものづくりの哲学や素材との関係はどう変わりますか?
皆川 洋服も一つの建築と例えて、洋服という空間にいるというところから出発しています。身体が構造体となって洋服という空間を樹立させているというふうに考えながら、シルエット、重力、質量と張力の関係はどういうことかなということを洋服で考えます。なので、材料が変わることはありますが、服、空間、建物のデザインも比較的同じ考えでアプローチできるということですね。
安規子 私たちは作品の素材にモノを使うので、モノの組成を理解するために、先ほど顕微鏡の話をしたように自分たちの身体を縮めたりするんですね。例えば、 《Spectrum》という作品の「Trip Around The World」というパッチワークのデザインは大きさとスケールがどこまでも広がるため太陽光の放射を表現するパターンを選んでいるんですが、延々と縫い付ける作業をしながら、何億光年かけて私たちのところに光が届くことをイメージしたり。天体やクレーターのドローイングも、太陽系や星の距離やスケールを想像しながら本気で描くことで表れてくるものがあるなと。そして、私たちはいつも展示する場所の読み取りをしているんですが、資生堂ギャラリーは地下に下りていく空間で、その構造自体を作品に、展示にどう昇華できるかというところから考える。踊り場の展示スペースの宇宙から下りて地下に入っていき、全ての根源である光があるといった根源的なストーリーから展示の構成をしていくんです。建築の構造が先で、そこから今回の展示の配置やルール、構造を構想していきました。
政子 建築と関わって展示を考えていく作品も多く、横須賀美術館で展示した時も、30センチの定規でつくったはしごを美術館の特徴である丸窓に添えたんですね。すると、丸窓がいつも思っていた大きさと変わって見えてくる。そうやってスケール感覚を操作するような現象を起こそうとしています。今回、階段を下りてくる時に視点が変わってくることを想像するのもそうですが、鑑賞者の身体があってどのような体験をするかというのをすごく大事にしました。作品そのもので完成しているのではなく、空間と鑑賞者がいて成立するというふうに考えています。
ーー他者とともに、もしくは一人で創作することで、どんな気づきや変化、面白さがありますか?
皆川 ファッションはおおむね9割以上が共同作業です。図案は自分の内側の世界ですが、その後は他者と連携してやっていくので、そのプランをつくるまでがデザイナーの仕事になります。一方、個人のアートワークとして近年取り組んでいるリトグラフやセラミックの制作は完全に自分の世界で完結しやすいので、内側への潜り方が違いますし、一人でちょっとホッとするような時間でもあります。共同作業と個人でつくる制作は互いにとても響き合う要素もあるので、両方あることが自分にとっては結果的にどちらも生かすことになっています。お二人の双子という関係は、ある意味選べない状況ですよね。
政子 生まれた時から常にそばにいますからね。二人で制作をしていますが、双子でも考えていることは違うので、例えばアイデアを出して発展していく時に、話し合っているとどんどん変わっていくんです。全然自分が想定していない方向に進んでいったり、思い通りにならない反面、すごく刺激があって、それは二人で制作しているからですよね。自分で考える以上のことが生まれてくる、それはとてもありがたいと思います。その分、難しいのは、コミュニケーションを重ねていかなくてはいけないので、時間がかかる。意見が違ったときにどう説得するか、アイデアをより良く展開しようとしてプレゼンし合ったりもするのは二人だから起こることだなと。
安規子 得意、不得意が結構はっきりしているんです。私は彫刻科を出ているので、空間の意識やこうであってほしいという思いが強い。あと、色を扱うのがすごく苦手なんです。でも、単色になったときのグラデーションは私の方が得意なんです。カタバミの作品《Oxalis corniculata》は政子が得意だと思っていたんですが、実際は私の方が色を識別できたんです。
政子 自然の色が豊富すぎて、色が見えすぎてわからなくなってしまって。でも安規子はわりとシンプルに捉えてグラデーションを決めてくれたので、私はサポートしていくような感じでした。
安規子 一方で、《Memory colour》というポストカードの作品は、色みがあるので私には描けないんです。アイデアを出したのは私なんですが、そのことを直前まで忘れていて。政子が苦労して描いて完成させたので、自分が発案したと思っていなかったんです。アイデアを実現するために相手の力を借りることもあるので、一人では完全という感覚がなくて。一人だったら絶対制作はしないです。もう、一人での制作の進め方がわからないかもしれないです(笑)。
ーーミナ ペルホネンが30周年を迎えた今、これからのものづくりをどのように続けていきたいと考えていますか? また、領域やスケール、表現の幅が広がる中で、どのような未来思い描いているのでしょうか?
皆川 今感じている、自分が思い描いている未来が、実際に訪れる本当の未来とは、多分、全然合致しない気がするんです。意外と早く呼び戻しが来て、今日の不完全の話のように、人間はこういうところがいい、そこがやっぱり大事だよねと比較的早く気づくのではないかと個人的には思っています。まったくその逆になっていくかもしれませんが。ミナ ペルホネンでの仕事としては、人間の持ち時間は短く、自分のしていることを淡々とやっている間に終わってしまうと思うので、その先の人たちがミナ ペルホネンをどうしていくかというのは彼らに委ねたいと思います。
安規子 私たちも根源的なものに立ち返ったり、基本的な自然法則や日常に丁寧に向き合うことが重要なんじゃないかなと。だから、日常からつなげるということは絶対に譲れないところなんです。なぜかというと、そこが誰もが入れる入り口になり得るからです。例えば、物を落としたら落ちるみたいな単純なことを、意識しないで生きているけれど、そういう身近な日常にある見えない力学で宇宙全体も動いていますし、そういうことに丁寧に気づくというのが今、一番大事だと思うんです。それを理解するのに一番大事なのは手を動かすことと、自分で考えること。手を動かすといっても何かをつくるのではなくてもいいし、自然物を含むモノに触れるだけでもいいと思うんです。そうし続けることで、展示のタイトルにもつながりますが、この世界の捉え方の幅が広がると思います。
政子 どんな未来になるのかはわかりませんが、五感や感覚を研ぎ澄ましたり、想像するというのは、先行きが不透明な状況の中で一番大事なんじゃないかなと思います。この展示では、見えないものを見えるようにすることを試みています。それは私たちの持っている能力を超えるということではなくて、想像することで超えられる。それが想像力や感覚を鋭く保とうとすることだと思いますし、そうすることで希望の持てる未来にもつながるんじゃないかなと思っています。
2025年に創設30周年を迎えたファッション・テキスタイルブランド、ミナ ペルホネン。これまでにも各地でその活動を紐解く展覧会が開催されてきましたが、 新たな展覧会「つぐ minä perhonen」が世田谷美術館にて開催中です。
『つぐ minä perhonen』
会期:2025年11月22日(土)~2026年2月1日(日)
会場:世田谷美術館 1、2階展示室(東京都世田谷区砧公園1-2)
開館時間:午前10時~午後6時(入場は午後5時30分まで)
休館日:毎週月曜日、年末年始 [2025年12月29日(月)~2026年1月3日(土)]
ただし2025年11月24日(月・振休)、2026年1月12日(月・祝)は開館、2025年11月25日(火)、2026年1月13日(火)は休館展覧会のご案内 050-5541-8600(ハローダイヤル)
主催 世田谷美術館(公益財団法人せたがや文化財団)、朝日新聞社
後援 世田谷区、世田谷区教育委員会、J-WAVE
グラフィックデザイン:葛西薫+SunAd
会場構成:阿部真理子
展覧会公式サイト:https://tsugu.exhibit.jp
美術館公式サイト:https://www.setagayaartmuseum.or.jp/
ミナ ペルホネン 代官山店では、髙田安規子・政子さんによるウィンドウアートも展示されます。
髙田安規子・政子 ミナ ペルホネン
(Akiko Masako Takada minä perhonen)『Echoes ゆらぎ』
会期:2025年11月28日(金)〜2026年1月16日(金)
会場: ミナ ペルホネン 代官山店
https://www.mina-perhonen.jp/store_information/daikanyama/
小川知子/Tomoko Ogawa
1982年、東京生まれ。上智大学比較文化学部卒業。雑誌を中心に、インタビュー、映画評の執筆、コラムの寄稿、翻訳など行う。共著に『みんなの恋愛映画100選』(オークラ出版)がある。
https://www.instagram.com/tomokes216
田野英知/Eichi Tano
1995年、徳島県生まれ。幼少期より写真を撮り続け、広告代理店勤務を経てフリーランスとして独立。撮影の対象物に捉われず、多方面で活動しながら作品を制作している。
https://www.eichitano.com/
https://www.instagram.com/eichitano