
肩口についた生活を
コロコロで取る
ベットに潜むあやしいものも
コロコロで撫でる
粘着テープに絡まる生活
コロコロを剥がす
コロコロと転がして
隠滅を図る
コロコロに絡まる
身上書を眺め
コロコロを剥ぎ取る
アルバムに貼り付けたり
棚に並べてみたり
コレクションしたり
はしない
コロコロに絡まる
悩み
コロコロに付いた
不徳
ココロに転がせば
コロコロ
コロコロ
ココロに転がして
ベリっと剥いで
くしゃくしゃっと
ぽいっ
選評/金井万理恵
「コロコロ」の正式名称は、粘着カーペットクリーナーというそうです。これまで全く意識せずに呼んでいましたが、、「コロコロ」という語は、実にポエジーな語ですね。人々の間で呼び交わされ生まれた通称というところがいいし、オノマトペがそのまま名前になっていて、字面もなんだか空虚さと可愛さがあわさったような不思議な魅力を放っています。何気ない言葉のなかのポエジーを見つけ出して、詩の言葉に変えることができるのは、本当にすごいことです。
コロコロが絡め取るのは、日々のゴミや要らないもの。自分の生活から(あるいは自分の肉体そのものから)出たものばかりなのに、「あやしいもの」として、暗闇に潜んでいる。もはや、よく見えない。というより、見たくないというのが本音かもしれません。
「隠滅を図」り、なかったことにするものたちは、わたしの物語には登場しない。ただの日常、ただの動物としての人間。。そういうものを語らずに、わたしたちは生きています。なんなら掃除という清算によって(「ココロに転がして」)、捨てて、さっぱりした気持ちにさえなって。人は、まるで汚れも不徳もないような顔で、外に出ていく。
でも本当は、人生のけして少なくない時間が、こういうものたちの存在で埋め尽くされているのです。それを書くことは、文学の使命のひとつだと思います。無理にポジティブに書いたりせず、捨てていることそのものに注目して描くのは、とても真摯な向き合い方だと感じました。