うわのそら

詩/平野雄一 

2026.3.1

バッグのファスナーが

開いてますよと

電車に乗っていて

声を掛けられた

見てみると

確かにファスナーが空いていて

その中にいつの間にか

もぐりこんでいた

うわのそらが見えた

うわのそらは

他人に見られて

恥ずかしいものではないが

みる人によっては

あくびが止まらなくなる事があるらしい

うわのそらをバッグの奥に

ぎゅっと押し込んで

ファスナーをしめた

 

よく聞いているラジオ番組が

今月末で終了する事を今朝 知った

DJの盛岡さんの静かな声が

好きだったのにな

いつもどこかで何かが

終わったり始まったりしてる

電車の窓からの

眺めも光も

そう変わらないのに

バッグの中の

うわのそらが

静かな鳥の

つぶやきのような声をだした

ラジオ番組の改編期には

寒暖差でわたしはよく風邪をひく

 

電車は揺れて

吊革につかまる

ふと、あくびがひとつ出た

選評/環ROY

 

ぼんやりと蝋燭を眺めているときのような、起伏の少ない時間が流れる、静かで穏やかな詩だと感じた。

「うわのそら」を生き物のように扱う発想がこの作品の核である。内面の状態を外在化することで、他人に見られても恥ずかしくはないのに、やはりしまい込みたくなるという、微妙で現実的な心理が、具体的な手触りとして示されている点が印象に残った。

語り口は終始ニュートラルで、過度な比喩や感情の高まりに頼らず、日常の感触をそのまま描いている。車窓からの風景も、ラジオの終了も、すべてが奇妙に観念的で、曖昧に溶け合い、何も起きないまま過ぎていく時間そのものの感触を際立たせている。

読み終えたあとに残るのは意味の結論ではなく、自身の日記を読み返すときのような、ぼわぼわとした余韻だけである。その意図された空白に、心地よさを見出した。