春眠り

詩/木下太尾

2026.4.1

ひとくちでいい、
ほんのひとくちで

眠たげな春のおわり

まだ沈みきらない夕風
桜の花が、ひとひら
             みひら、と
     ながれてくるのを
               みていた

ずっと揺れたままの木陰のブランコ
草地に長くなる
人の影

ひとくちでいい、
          隣りにすわる
   あなたのくちもとへ
このチーズケーキの
ひときれを

涙ぐみ、
口にひろがる
コーヒーの苦々しさ

やわらかなタルト生地は
ほろほろほどけて
プレートの木目にちらばり

白い波の、
ざわめきは
木枠の窓硝子に隔てられて

あのころのあなたが
庭の上で、泳いでいるみたいだった

選評/金井万理恵

 

作品を構成している語彙は、平易なうえに、詩的なワードとしてすでに見慣れた印象があるもの。それなのに、この詩はまだ知らない手触りがして、強烈に惹かれてしまいました。

 あなたのくちもとに、ほんのひとくちでいいからチーズケーキを運びたい。あまりにも具体的な欲求で、状況が独特であるゆえに、読者はむしろ、チーズケーキを食べてほしいと願われている「あなた」のほうに感情移入してしまうのではないでしょうか。何かの事情でもうチーズケーキは不要になっている人物になってみると、発話者の切実な愛情や苦い涙を受けとめられないがゆえに、かえって喉元までいっぱいに詰まったチーズケーキの重みを感じます。例えば、スープや、タルトタタンでは、こんな独特の、ぬくもりと同立する慄き、奇妙なおかしみは生まれなかったはず。

 「沈みきらない夕風」という、地球の回転と空気の動きをダイナミックに感じさせる素晴らしい詩行。桜の花びらもその風に舞っています。視野を広げたあとにはじまる、ここにいないはずのあなたの幻の気配(と受け取りましたが、読み方次第では、もしかして、「あなた」はいましがた旅立った故人の可能性も)と、給餌的な仕草……。センチメンタルな表面の下に、心細くなるような翳りがあります。夕暮れ時の思いを見事に描いた、心理的な効果に優れた作品だと思いました。