裏めくりの歌

詩/笠井 杢

2024.11.1

地球の裏側は地球で

月の裏側はたぶん月で

波の裏側は風だ

駅の裏側は駅で

自販機の裏側にはアイドルが笑っていて

屋根の裏側には雨の染みができていた

テーブルの裏側はテーブルの裏で

茶碗の裏側は茶碗の底だった

靴下は裏返しても靴下で

黄色いセーターを裏返したら黄色い毛玉

がたくさんあった

正義の裏側は得意気な顔をしていて

愛情の裏側はサフランの匂いがした

憎しみの裏側はつるつるしていて

優しさの裏側はコップ一杯の牛乳だった

悲しみをめくったら同じくらいの悲しみがあった

さみしさを裏返したら透明だった

もう一度裏返したら透明だった

自分を裏返してみたけど裏側は見えなかった

仕方なくもとに戻した

そうだきみの裏側はどんなだろうと思って

まだ寝ているきみの丸まった右肩をぼくは

透明な中指で少しずつ押して

きみをころんと転がしてみる

選評/暁方ミセイ

 

 なんてうまいんだろうと思わず唸ってしまいました。
 「裏」をテーマに展開していくこの詩は、ダイナミックな第一連から始まります。月と波の間にある引力が、まるでその後の展開をも、手繰り寄せているよう。第二連、第三連と、身近なものにクローズアップしていき、第四連から転調します。一番の見せどころの、さみしさの裏側についての部分を読者の心に届けるために、この仕組みが効果的に働いています。
 「裏」は、物理的な裏であると同時に、裏の顔、のことのようですが、その暴かれたものも、「つるつる」だったり、「牛乳」だったり、物質的に捉えることしかできません。わたしはここに、書き手の笠井さんの節度と、優しさを感じました。
 さみしさを裏返すと透明があり、透明はもう二度とさみしさには戻れません。その思慮深い沈黙の指がころがしてみる「きみ」の裏側は、寝ているきみと同じでしょうか、それとも全くの思いがけないものでしょうか。
 タイトルに歌とあるので、声に出して読んでみました。音だけではなく、イメージも次から次へとリズミカルに現れて、何度でも読みたくなる作品です。

November Poem

2024.11.1