銀座・メモワール #5 吉増剛造・後篇「ことばの手仕事」

文/平岩壮悟
写真/ナタリー・カンタクシーノ

2024.10.31

銀座――この魅力的な街は、多くの人々にとって、特別な瞬間や記憶に残る場所となっています。親に手を引かれて足を踏み入れたデパート、マスターのこだわりを感じる喫茶店、初デートで訪れたレストラン。どれもが、この街の独特の雰囲気と結びついています。
連載「銀座・メモワール」では、森岡書店代表、森岡督行さんがナビゲーターとして登場します。多様なゲストが織りなす銀座の豊かな物語を共有し、銀座の多面性とその普遍的な魅力に焦点を当てます。連載を通じて、銀座の隠れた魅力と多彩なストーリーに触れ、新たな価値を一緒に発見しましょう。

詩人の吉増剛造さんをゲストに迎えた連載「銀座・メモワール」。前篇では、編集者時代の話や写真家たちとの公私にわたる交流について伺いました。後篇は、毎日通っているという教文館のカフェと“書くこと”に宿る手仕事について。
▼前篇はこちらから

教文館での日課

森岡 先ほど撮影で行かれていましたが、教文館のカフェではよく執筆されているとお聞きしました。
吉増 うん。毎朝、11時から1時間半必ずいますね。4階の窓から銀座の街のいちばんいいところが見えて、気が向いたら下の階に降りて行って本を買う。そういうところってないよ、贅沢千万だね。机の感じがまたいいんだ! インターネットで紹介されたのか、最近は昼過ぎからは海外からの旅行者も多いですよ。今日はコーヒー代を資生堂に払ってもらって、得しちゃった。
森岡 昔は銀座の5丁目にも、近藤書店とイエナ書店という本屋がありましたね。天賞堂の向かい側というか、今のBottega Venetaがあるところ。教文館に通われるようになったきっかけはあったんですか?
吉増 僕は小学校・中学校はクリスチャン・アカデミーで、聖書を読んだり讃美歌を歌ったりした経験があるんです。だから、ああいうところに戻って行くのかもしれない。でもやっぱり、最初に言ったような路地性だろうなあ。フランク・ロイド・ライトのトイレみたいな小ささや狭さに惹かれるね。
森岡 確かに、教文館の階段の狭さと不思議な構造は、どこか迷い込んでしまったときの感覚に近いかもしれません。

吉増 文章を書くときも、原稿用紙のなかに路地みたいなものをつくるのが楽しみなんですよ。
森岡 吉増さんはずっと原稿用紙ですか?
吉増 うん。こういう原稿を書くときは400字詰め原稿用紙の上に和紙を貼って、罫線を消していく。その和紙を糊付けしていく作業が、とっても大事な手仕事なのね。
森岡 原稿そのものが銀座の地図みたいですね。
吉増 コンピューターでもこういうことはできるだろうけども、失われるものもあるなあ。色なんかもそう。原稿に書くのは、ずいぶん感じが違うもんですよね。やっぱり、路地性が生まれる。こんな風にして書いているとおもしろいことに気がつきますね、土方巽(1)とカフカ(フランツ・カフカ)(2)がつながってきたり。
森岡 この‟手元にある”原稿は、毎日継ぎ足すように書かれているんですね。
吉増 うん。日付は嘘ついてる。1週間ぐらい後の日付(笑)。そういう楽しみがなければやってられないなあ。
森岡 日付を見るとこの原稿は20日間ほどで書かれていますね。ほかの仕事も同時並行で。
吉増 なるべく無意識が入ってくるような、日記も入り込んでくるようなやり方をしたい。小さく書いたり鉛筆で色を塗ったりしていると、インスピレーションが湧いてくるんですよね。

ことばと声に宿る手仕事

吉増 このあいだハイデガーの専門家と対談したんだけども、結局彼の場合もタイプライターで清書するのは弟で、元の執筆自体はすごく手仕事的なの。吉本隆明さん(3)も詩を書くときに、鉛筆でシュッシュシュッシュって罫を引いていた。詩には最も大事な、根源的な手仕事性があるから。吉本さんは「書いてると、手が先に書いちゃうんだよね」なんて言ってるの。
森岡 執筆の手仕事、ですか。
吉増 吉本さんは『アジア的ということ』(2016年、筑摩書房)のなかで、マルクスを引きながら、イギリスによるインドの植民地化がもたらしたいちばん大きな出来事は、農業と「手織機と紡車」に代表されるような手工業の統合を産業革命によって打ち壊されたことだと書いているの。僕はそれを読んでガンジーを思い出した。非暴力の革命で有名だけれど、彼は、糸繰り車のカラカラカラッと回るあの音をインド全土にもう一度取り戻したい、と言っていた。これはすごい音楽的ビジョンだよな。人間の手に代表されるような、身体的な想像力を年がら年中考えなきゃいけないというのは、ガンジーに教えられましたね。

森岡 少し飛躍するかもしれないですけども、寿司の握りや天ぷらの揚げですとか、銀座も手仕事の多い街だと思います。通じるものはありますかね。
吉増 そうね。本当にそう思う。手仕事はいろんなところに眠っているはずで。変なところに飛ばすけども、土方巽は硬いせんべいをガリガリ食べるのが嫌いで、湯気で柔らかくしていたらしいんだけど、それを「じなっとした煎餅」(『病める舞姫』1983年、白水社)と書いている。これもある種、口による手仕事なんだ。吉本さんも美空ひばり論のなかで、「佐渡おけさ」の高音が上がっていくところにこそ喉の手仕事の、到達しうる普遍的なものがある、と書いている。手仕事というと職人を考えてしまうけれども、それだけじゃないんだよね。

吉増 剛造
1939年東京都生まれ。慶應義塾大学国文科卒。在学中より詩作を始め、64年、第一詩集『出発』を刊行。詩集に『黄金詩篇』(高見順賞)『オシリス、石ノ神』(第2回現代詩花椿賞)『「雪の島」あるいは「エミリーの幽霊」』(第49回芸術選奨文部大臣賞)『Voix』(1回西脇順三郎賞)など著作多数。『DOMUS X』(コトニ社)を2024年に出版。詩作以外にも東京国立近代美術館の「声ノマ全身詩人吉増剛造展」や松濤美術館の「声ノマ全身詩人吉増剛造展」、七里圭監督作品の『背』に主演するなど活動は多岐に渡る。

森岡 督行
1974年山形県生まれ。森岡書店代表。文筆家。『800日間銀座一周』(文春文庫)、『ショートケーキを許す』(雷鳥社)など著書多数。 キュレーターとしても活動し、聖心女子大学と共同した展示シリーズの第二期となる「子どもと放射線」を、2023年10月30日から2024年4月22日まで開催する。
https://www.instagram.com/moriokashoten/?hl=ja

平岩壮悟
編集者/ライター1990年、岐阜県高山市生まれ。フリーランス編集/ライターとして文芸誌、カルチャー誌、ファッション誌に寄稿するほか、オクテイヴィア・E・バトラー『血を分けた子ども』(藤井光訳、河出書房新社)をはじめとした書籍の企画・編集に携わる。訳書にヴァージル・アブロー『ダイアローグ』(アダチプレス)。
www.instagram.com/sogohiraiwa

ナタリー・カンタクシーノ
フォトグラファー
スウェーデン・ストックホルム出身のフォトグラファー。東京で日本文化や写真技術を学び、ファッションからドキュメンタリー、ライフスタイルのジャンルで活躍。https://www.instagram.com/nanorie/

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