五月晴れ

詩/イズミレイコ

2026.5.1

今日は朝食を済ませ、昼頃生協が来て、昼食を終え、外出した、

泥棒にあったのに、しっかり生きていて、偉いわね、と皆んなが、言ってくれた、有難いことだった、空は薫風がよぎる五月晴れ、私の心もふっと、軽く嬉しくなった。


        

選評/環ROY

 

前提を有したうえで出来事が列挙されていく運びは、詩というより、ほとんど日記のように思われた。

本来強いはずの「泥棒にあった」という事実も、その具体はほとんど語られず、省略が前景化することで、かえって異様な静けさが立ち上がる。この省き方は、歌詞のようにも感じられた。もし被害の細部まで描き込めば、むしろ随筆に近づいていくのだろう。

私は薫風(くんぷう)という言葉を知らなかった。調べてみると、植物の香りを具した初夏の風で、夏の季語でもあるようだ。季語は連歌や俳句に通じる時間感覚を呼び込み、散文の流れに別のレイヤーを重ねているようにも思われた。

これらの要素が重なりながら、最終的には感情の輪郭だけが残る。やはり日記のようだ。平穏と不穏が混在し、複数のジャンルの気配を帯びながら、そのいずれにも属しきらないまま宙吊りの状態をつくり出している。その状態自体が、このテクストの詩性だと感じた。