
身近な人や暮らしの手ざわりを見つめ、記憶や時間の流れをすくい取ってきた映画監督・清原惟さん。「私が聞かなかったら、この話はどこに行くんだろう」。最新作『A Window of Memories』は、そんな思いから始まり、二人の祖母に人生の話を聞き、その語りを共にテキストへ起こして、二人の俳優が朗読するという”聞き書き映画”です。市井の女性たちが「取るに足らない」と思い、言わずに置いてきた記憶が、大きな窓から光の差す空間で、観る者たちの記憶や関係と呼応していきます。愛知芸術文化センター・愛知県美術館が手がけ、山形国際ドキュメンタリー映画祭2025のインターナショナル・コンペティションにも選出された本作は、8月7日(金)よりBunkamura ル・シネマ 渋谷宮下ほか全国で順次公開。作品の奥行きと、記憶が手渡されていく瞬間を、清原さんとともにたどります。
――本作の試写会でご挨拶させていただいたおばあさまが、「なんだか恥ずかしい」とおっしゃっていましたが、アート作品などで昭和を生きた女性の語りを扱っているとき、話し出す前にみなさん一度は「取るに足らない話だ」とまず口にする気がします。私は「面白い」と感じるけれど、本人が「面白い、価値がある」と思わされる場が、これまでなかっただけのかもしれない、と感じさせられるというか。
本当に、そうだと思います。おばあちゃんにも、撮り始めのころ「こんなの撮ってどうするの?」と最初にすごく言われました。「別に撮ってもいいけど」って。そう感じてしまう。それが、おばあちゃんたちの世代なのかなと思います。
――今回の「聞き書きから朗読へ」という形は、最初から思い描いていたものだったのですか?
いえ、最初から「こうしよう」と決めていたわけではないんです。おばあちゃんの話を聞いて、それを作品にするということだけから出発して、どういう形になっていくかは、やってみないとわからないなと思っていました。だから、やりながら考えていくスタイルでしたね。文字にして一緒に編集する、というのも、日記や手紙に親しんできたおばあちゃんたちになら無理がないんじゃないかと思って提案したんですけど、最初は「渋々」という感じで(笑)。そこから少しずつ、今のかたちが見えてきました。
――朗読してくれる方は、どう決めていったのですか?
文章にしたら、やっぱり誰かしらに読んでもらいたいとは思っていて。自分が読む、おばあちゃんが読む……と、いろんな選択肢があったんです。でも、そのテキストを一種の「第三者的な存在」として置きたいと考えたとき、おばあちゃんのことを全然知らない人に読んでもらう方がいいかなと思ったんですよね。
――戦後直後を、実際には知らない世代の俳優が演じる。ただの朗読とも、体験者の語りとも違う響きが生まれていましたね。
そうですね。演じてくださる方たちは、当然その時代を体験していません。でも、体験していないからこそ生まれるものもあると思っていて。しかも「役者」なので、素の朗読とも、ご本人の語りとも違う響きが立ち上がってくるかなと。
――観る人が、それぞれの身近な人のことを自然と思い出せるような。
そういう余白が生まれたらいいなと思っていました。
――朗読だけでなく、おばあさま自身が話している映像も作品に入っています。本人の映像を出すかどうかで、迷いはありましたか?
ありました。おばあちゃん自身の語りにもすごく力があるので、それを映さないことに対して「これでいいのかな」という葛藤もあったんです。でも、やってみて本当に良かったなと。結局、朗読と本人の声の両方が、往復するように在る。その二つがあることが、いいなと思っています。
――朗読しているお二人がいた場所が、家の痕跡がありながらも、生活感はなくて、印象的でした。
アトリエ付きシェアハウスの共用部分です。もともと普通の集合住宅だったところを、建築家の方たちと一緒に、私も改修・リノベーションの設計に関わらせてもらった場所で。床に変な穴が開いていたり、窓が変な形にくり抜かれていたり。キッチンなど生活の気配は残しつつ、どこだかわからない――その距離感が、今回の作品にちょうどいいなと思って選びました。
――1日で撮る、と決めていたのでしょうか?
撮影は、実は二日間なんです。でも「一日の物語」にはしたくて。窓がすごく大きいので、外の光が入ってきて、一日の時間の流れがそのままわかるのが良かったですね。夕方のシーンは、「もうあと一回はできないよ」というところまで粘って撮りました。
――家そのものが、一人の登場人物のように在るので、個人の記憶と観る人それぞれの記憶が自然に重なっていきやすいのかなと。
そうかもしれないです。とはいえ、「観る人の記憶と繋げよう」と具体的に設計して制作を進めたわけではないんです。ただ、映画の中に複数の視点が持ち込まれること自体は、ずっと意識していました。おばあちゃん二人だけの話ではなくて、朗読している俳優さん自身の話だったり、おばあちゃんが記憶の中で見ていた女性だったり、画面に出てくる生き物や風景だったり。
――確かに、視点が多数、平等に存在している、という感覚はありました。
おばあちゃんが主人公というだけでもなくて、おばあちゃんが「まなざしていた」視点もあれば、「まなざされていた」時間もある。映っていない家族や、もういないおじいちゃんたち、そして自分自身の視点も。ありとあらゆる人やものの視点が、この世界にはあって、その一つひとつに思いを寄せながら作っていました。
――だからこそ、いろんな人の「窓」になりやすいのかもしれませんね。
自分が思っていた以上に、観た方が自分自身の経験を語ってくれることがあって、それはすごく嬉しいですね。
――タイトルはいつ決まったんですか? そして、なぜ英語なのでしょう。
結構、後半になって出てきました。日本語のタイトル案を相談すると、おばあちゃんたちがなぜか、恥ずかしがるんです(笑)。英語だったら恥ずかしくないだろうと思って、英語にしました。そうしたら実際に、OKが出て。
――着物を着ていた人が舶来の洋服を着たときに、少し違う自分になれた感覚に近いのかもしれませんね。
まさに、そういう感じだと思います。
――映画づくりの上で、大事にしたいと感じていることはありますか?
以前は、内容や映画そのものに対する譲れなさが強くありました。でもだんだん、映画をつくること自体が、ものづくり全部、生きていることもそうですけど、一種の政治性を帯びていくと思うようになって。だから、つくる過程で誰かが傷ついたりしない、ということだけは譲れないこととしたいなと思っています。映画をつくることは、自分にとってずっとポジティブでいいことだと思っていたんですけど、そうではないことが起きたりもして。
――関わる人みんなそれぞれ異なる人生と過去があって、それを予想できないですもんね。
そうですよね。傷つくことをゼロにするのは、限りなく難しい、できないかもしれないけれど、それでも目標にはしたいなと思っています。
――具体的にはどんな工夫をされていますか?
自分自身でコントロールできる規模感の場合は、なるべく手作りで映画を作るようにしています。今回、『A Window of Memories』はまさにそういう作品で。本当に少人数で撮影をすると、一人ひとりのスタッフやキャストとのコミュニケーションも取れるし、フラットな映画作りを実現できたなと思っています。自分で体制を作れる環境が今回はあったので、どうやったらフラットな現場にできるかを考えて、実践してきました。
――配給を、ご友人であるrikoさん、やないももこさんと立ち上げた自主レーベル「amieee」で手がけていますね。
普段から一緒に遊んでいる三人組で、今回は動いているんです。LINEグループの名前が「フェミニスト連絡網」っていう(笑)。一緒にフェミニズムの勉強をしたり、埼玉の女性図書館まで足を運んだり。同じ志を持った仲間で、今回の映画もすごく気に入ってくれているんです。昨年、Bunkamuraル・シネマさんと共同で特集上映をさせていただいたときも、グッズを作ったり、ビジュアルを一緒に考えたり、どう広げていくかを自分たちの手でやらせてもらって。自分の手の感触を持って作品を届けられることが、すごくいいなと思ったんですよね。今回は特に親密な作品なので、届け方も丁寧に、手渡ししていきたいなと思いました。
――個人的な記憶が、見知らぬ俳優の声で語られ、映像になっていく。これはもう、誰のものでもない記憶なのか、個人の記憶が、どこまで集合的で多層的なものになり得るのか、などと考えさせられました。
そう問われると……。厳密には、おばあちゃんの記憶そのものではないんですよね。おばあちゃんの記憶は、もうおばあちゃんの中にしかない。言葉で聞いたとしても、それは別のものになっている気がします。だから、おばあちゃんの記憶を元にして作られた、ある種一つの物語なのかもしれません。
『A Window of Memories』
2026年8月7日(金)よりBunkamura ル・シネマ 渋谷宮下ほか全国公開
2023年/日本/67分/カラー
画像クレジット:©Yui Kiyohara
清原惟(きよはら・ゆい)
17歳の時、初めて友人と映画をつくってから今まで、映画や映像をつくり続けている。大学院の修了制作である『わたしたちの家』(2017)が上海国際映画祭で最優秀新人監督賞を受賞し、ベルリン国際映画祭フォーラム部門など10カ国以上の映画祭で上映された。『すべての夜を思いだす』(2022)は北京国際映画祭Forward Future部門審査員特別賞を受賞し、ベルリン国際映画祭やサン・セバスチャン国際映画祭をはじめとした、様々な映画祭で上映される。2025年には東京・Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下にて映画館では初となるレトロスペクティブ上映を開催。ほかの活動として、土地やひとびとの記憶について、リサーチを元にした映像作品を制作している。
@kiyoharayui
小川知子(おがわ・ともこ)
1982年、東京生まれ。上智大学比較文化学部卒業。雑誌を中心に、インタビュー、映画評の執筆、コラムの寄稿、翻訳など行う。共著に『みんなの恋愛映画100選』(オークラ出版)がある。
@tomokes216